

前回、自身の競技生活やパラアスリートを取り巻く環境の変化について語ってくれた一ノ瀬メイさん。特に障害者差別に対し声を上げてきた彼女だが、目標は常に「みんなが社会の中で生きづらさを感じないようにすること」だという。水泳競技を引退した後も、歩みを止めない一ノ瀬さんが創るこれからの未来とは。
近頃は自身の食生活、特にヴィーガンに関してもインスタグラムを中心に発信していますね。
2020年5月からヴィーガンを続けています。元々のきっかけは、2019年に観た『The Game Changers』という、スポーツ選手が肉食を止めて野菜中心の食事をすることで、パフォーマンスにどのような変化を及ぼすかを検証したドキュメンタリー映画を見たことから、意識するようになりました。
東京オリンピック・パラリンピックが延期になり、ロックダウンでプールへも行けなかった期間、「競技者としてどう成長しよう」とすごく考えました。身体面を磨くことは難しいから、知識をつけて人間力を上げることが、当時の自分にできる成長方法だと思って。ヴィーガンについて勉強していたとき、はじめて「種差別」という言葉を知り、稲妻が走ったような衝撃を受けました。
「種差別」というと、ヒトだけを特権づけて他の生物をないがしろにする差別のことでしたよね。
そう。犬や猫は可愛がるけど、食卓には種類が違うだけで同じ動物の死体(お肉)が並んでいますよね。
なぜそこまでショックを受けたのかというと、これまで差別をなくすために水泳で結果を残し、発信力をつけて頑張ってきたのに、自分が差別の加害者になっていた。しかも、そのことに気づけていなかったんです。この矛盾を自分の中でなくしたくて、食や服、コスメにおいてもヴィーガニズムを実践するようになりました。私が経験したように、知らないことで自分らしい選択ができていないことってあると思うから、学びや気づきは積極的に人に共有していきたいです。
一ノ瀬さんの言動は、自身や物事を俯瞰してみているからこそ、強い説得力があるように思います。
もともと自分を客観視することは苦手でした。リオパラリンピック後からメンタルコーチがついてくれて、そこで初めて、湧いてきた感情をただ見つめる、観察するトレーニングをしたんです。すると、気分のアップダウンが少なくなり、練習も淡々と行えるようになりました。それと同時期にヨガも始めて、マットの上で身体や呼吸、感情を客観視する練習をしていたら、マットをおりた日常でもできるようになっていきました。
これからはどんな取り組みをしていきたいですか。
私の目的は常に、みんなが社会の中で生きづらさを感じないようにすること。これまでは水泳を手段として、その実現に取り組んできました。引退した大きな理由の一つは、全然知られていなかったパラが十分メジャーになり、私が水泳選手としてできることはやりきったから。
次のステップは、これまで障害者がいなかったジャンルに飛び込んでいき、“障害”という境界線を取り除いていくことだと思っています。その手段の一つがモデルです。パラリンピックはパラアスリートだから出られるので、ある意味、障害者のために作られた枠を埋めにいってるに過ぎなくて。スポーツもそうですが、言葉を介さずに伝わる力のすごさは身を持って知っているので、アートとか写真という表現方法にモデルも含めてカテゴリー関係なくいろんなことに挑戦していきたいです。
最後に、今の一ノ瀬さんはオンとオフ、どちらの状態ですか。
私は常にオンです。引退を寂しがってくれた人たちにも伝えましたが、水泳という手段は手放すけれど、私の目的はこれまでもこれからも変わりません。だから熱量は落ちるはずがないんです。ここからですよ、おもしろいのは。
1997年生まれ。京都府出身。
先天性右前腕欠損症。1歳半から水泳をはじめ、10年に史上最年少13歳でアジア大会に出場。50メートル自由形(運動機能障害=S9)で銀メダルを獲得。2016リオデジャネイロパラリンピックでは8種目に出場。現在も7種目の日本記録を保持している。2021年10月末をもって現役を引退し、今は競技から離れて社会から“障害”をなくす活動を続けている。