

肉体的スキルと同じくらいメンタルがものを言うのがテニスというスポーツ。ここ一番の勝負どころを冷静に乗り切るためのアドバイスをまとめました。
トップで活躍する選手達は、どんな時も落ち着きを失わず、失敗してもすばやく立ち直って突き進む能力に長けています。プロのテニス選手イガ・シフィオンテクは、ゲーム中の好不調の波を乗り越える術を心得ています。かつて経験した激戦試合を振り返って彼女はこう語りました。「あの時はストレスで手がガチガチにこわばっていました。おかげでサーブが突然、時速175kmから150kmへと失速したのにも気付かなかったほどです。いつもと同じようにプレーしていたのに、出てくる結果はまったく違っていたんですよね」
そこで助け船を出したのが専属のスポーツサイコロジスト、ダリア・アブラモビッチでした。ボックス席から「次のサーブだけに集中!」と掛け声をかけ、その時々のことだけを考えるよう促したのです。そして”今この瞬間”に集中するようマインドを切り替えたのが功を奏し、シフィオンテクは調子を取り戻して最終的にゲームを勝ち取りました。
シフィオンテクのように苦境を跳ね返す精神力を養うには、次のようなエクササイズが効果的です。ポイントを落としてもむやみに落ち込まず、最大限実力を発揮するための適切な心構えと対処法を身につけましょう。
コートに足を踏み入れる前に少しの間目を閉じて、重要なショットや戦略、試合のシナリオを頭の中でイメージしましょう。視覚化と呼ばれるこのエクササイズはメンタルを鍛える強力なテクニックです。人間の脳は想像と現実を区別するのが不得手なので、特定の状況をすでに経験したかのように脳に思い込ませることが可能です。そしてこのトリックにより、集中力と自信を高めることができます。
シフィオンテクは技術的な側面にフォーカスを当てるようアドバイスしています。「私は特定のシチュエーションで自分の身体がどう感じるかを想像するようにしています。ほとんどの場合、完璧なバックハンドで締めくくる状況をイメージするのが好きですね。あるいは、そんなふうにプレーしている時に身体がどう反応するかとか」
コツは次のとおり。試合開始前に、完璧なサーブを打っている自分を頭の中で視覚化します。コートを走り回り、きつい場面でも冷静に対処するところもイメージしましょう。このようなメンタル練習を積み重ねることで新たな神経回路が作られるため、実際にプレッシャーがかかった時に実力を発揮しやすくなります。
練習や大会が始まる前は数分間、成功した自分の姿をなるべく鮮明にイメージしましょう。具体的に思い描いてみます。コートで聞こえてくる音、ラケットの感触、見事にポイントを獲得した時の高揚感。細かいところまで視覚化すればするほど効果的です。
テニスは展開が速く、全神経の集中が求められるスポーツです。マインドフルネスでは、あれこれ評価するのを控えて”今ここ”だけに意識を向けます。こうすることで試合中に集中力を失わず、湧き上がってくる感情をコントロールするのに役立ちます。このテクニックによりプレッシャーを受けて冷静さを失ったり、ネガティブ思考に引きずられてパフォーマンスが低下することもなくなります。
特におすすめなのがRAINメソッドのマインドフルネス。試合中も心を落ち着かせることができるこの方法は、次のようなシンプルな4段階のプロセスです。
-R (Recognize)=認識する:フラストレーション、不安、自信の喪失など、自分が感じていることを認識します。評価を下すことなく、ありのままの気持ちに注意を向けましょう。
-A (Accept)=受容する:そのようにネガティブな感情を持っても構わないと受け入れます。無理に否定しようとせず、感情が存在していることを認めましょう。
-I (Investigate)=探求する:そのように感じる理由を探ります。失敗に引きずられている?プレッシャーのせい?原因を見極めることで、コントロールを取り戻す道が開けます。
-N (Nurture)=寄り添う:ミスした自分を許すことで、自分自身に思いやりを示しましょう。どのような状況であれ優しく自分に寄り添います。
瞑想ではマインドフルネスからさらに進んで、集中力アップや感情をコントロールできるよう精神を鍛えます。瞑想をすればするほど、日々の生活やコートでマインドフルネスを採り入れやすくなるでしょう。シフィオンテクは試合を前に緊張すると、そのために時間を割くといいます。「普通は3分から5分間、瞑想します。じっとしているのにちょうどいいのがこの長さ。それ以上続けるとリラックスし過ぎてしまうので」
ぜひ試したいのがボディスキャン瞑想です。ここでは身体のさまざまな部位に意識を向けていきます。つま先から始めて、ゆっくりと頭まで移動しましょう。緊張や不快感があると気付いても、どうにかしようとしてはいけません。ただ受け入れて自然に消えるのを待ちます。絶え間なく変化するテニスの試合と同じように、自分の考えや気持ちも徐々に変わっていくもの。ボディスキャン瞑想を取り入れることで肉体的・精神的ストレスに対する認識力が高まり、試合中に不快を感じても上手く対処して集中力をキープできるようになります。
目標設定はテニスのモチベーションを維持するために重要な鍵です。サーブの腕を上げる、地元の大会で優勝を目指す、持久力をつけるといった明確なターゲットがあれば、実力アップに向けて気も引き締まります。ゴールを設定してやる気が高まったら、進捗状況を記録しながら粘り強く努力しましょう。節目節目の目標を達成するたびに自信がつくのが分かるはずです。
効果的な目標を設定するには、次の「SMART」の考え方が役立ちます。
-S (Specific)=具体的:達成したいことを具体的に決めます。
-M (Measurable)=測定可能:進み具合を測る基準を設けます。
-A (Achievable)=達成可能:自分のスキルのレベルに合った現実的な目標にします。
-R (Relevant)=関連性:全体の大きな目的に関連性のある目標を立てます。
-T (Time-bound)=期限付き:先延ばしをしないよう期限を定めます。
単に「テニスがうまくなりたい」という目標では漠然としすぎています。例えば「サーブのプレースメントの腕を磨こう。サービスボックス内のいろいろな場所にターゲットを置き、各セットのサーブで少なくともターゲットの5分の3を正確に狙い打つこと。それをこれから1か月間、毎セッションで実行する」というのが「SMART」な目標です。
練習中や試合後に成果を記録して、毎回の結果を比較していくといいでしょう。この方法なら目標がはっきりしているので実行もしやすく、モチベーションも上がります。
コートに立った時、一番重要なのは自分自身との対話です。自分に対してポジティブな言葉を繰り返し唱えるマントラやセルフトークは、苦境をチャンスに変え、集中力と立ち直る力を取り戻すのに効果的。この練習を重ねることで失敗しても簡単には挫けない、勝利をつかむマインドセットが身につきます。
セルフトークを実践して自分自身の応援団になりましょう。「バックハンドは必ず失敗する」と落ち込むよりも、「一回ごとにバックハンドが上手になっている」と自分を励ますのです。また、次のようなポジティブな言葉をマントラとして試してみるといいでしょう。
-「私はプレッシャーがかかっても集中力を失わず冷静でいられる」
-「私は強い。自信もあって、準備もできている」
-「私は自分でコントロール可能な範囲内のことだけに集中する。制御できないことは気にしない」
試合前や最中にこのような自信の湧くフレーズや自分なりのスローガンを繰り返し唱えて、心を整えながら最高のパフォーマンスへとつなげましょう。
呼吸を安定することでゲームも全体的に手堅く進めることができます。簡単かつ効果抜群の呼吸法を身につけて、ポイント間に気持ちをリセットしましょう。次のポイントが始まる前にゆっくりと深呼吸。心が落ち着き緊張もほぐれて、クリアな意識でプレーに集中できるはずです。
呼吸法は次の2種類のやり方がおすすめです。
-4-7-8呼吸法:4秒かけて鼻から息を吸い込み、7秒間息を止め、最後に8秒かけて口からゆっくり吐き出します。
-ボックス(またはスクエア)呼吸法:4秒かけて息を吸い、4秒間息を止め、4秒かけて息を吐き、また4秒間息を止めます。
いずれの方法も心拍数を下げ、”今この瞬間”に集中するのに役立ちます。
トッププレーヤーは自分でコントロール可能なことを重視し、制御できないことには気を取られないようにしています。成功の土台を築くのはトレーニング、準備、マインドセットです。たゆみない練習、適切な栄養管理、メンタルの訓練を習慣化することで、自信を持ってコートに立てるようになります。
試合が始まったら、これまでの積み重ねを披露することに集中しましょう。フットワーク、ショットの選択、心構えは自分でコントロールできる分野です。ポイントを落としても深呼吸して気持ちをリセット。気を引き締めて次のプレーに全力で臨みましょう。
重要なのは外部の要素には惑わされず、自分の出来ることに意識を集中すること。そうすれば、どんな難局でも地に足のついた最高のパフォーマンスを発揮できるはずです。
ピンチに陥っても確実に力を発揮できる心と体を養うために、タイブレークやスコア的に窮地に追い込まれた場面など、高ストレスな状況を想像してみましょう。「自分の目標や思考をクリアに保つために、不利なスコアだとわざと自分に言い聞かせることもあります」と語るシフィオンテク。「負け試合になりそうだと自分に暗示をかけて、いっそう気合いを入れたりするんです」
試合当日の緊張感を予め疑似体験して、本番さながらの難しい決断を下す練習をすることで度胸や集中力が養われます。一旦プレッシャーに慣れると、いざという時も冷静に実力を発揮できるようになるでしょう。
勝負にミスはつきもの。問題はどれだけ早く立ち直れるかです。「私はずっと、自分にも不調の時はあると認められずにいました」と言うシフィオンテク。「いつも同じように努力しているのに、今はなぜこんなに上手くいかないんだろうと悩みました」。本当にメンタルが強い選手は、エラーがあっても引きずられて集中力を切らすこともなく、常に修正を加えながら前へと進みます。
「アップダウンは必ずあると受け入れるのにずいぶん時間がかかりました。シーズンは11か月近く続くのだから、常にパーフェクトな気分でいられるわけがないんですよね」とシフィオンテク。「自分には確かにテニスの才能があるんだと思い出すことで前向きになれるし、さらに頑張ろうと思えます。調子は必ずまた上向くはずですから」
次にフラストレーションを感じた時は、チームメイトに対するように自分に接してみましょう。もし友達がポイントを落としたら、くよくよせずに次のプレーでしっかり取り戻そうと励ますはずです。同じことを自分にしてみましょう。ミスを受け入れて深呼吸。気持ちを立て直してゲームに戻ります。
物事が上手くいっているときには、その喜びをじっくり味わいましょう。体力がついたという実感だったり、競技レベルがアップしたことだったり、不満やイライラではなく達成感や嬉しさに意識を向けます。すると課題を異なる角度から見直せるようになり、テニスへの情熱も再燃するはずです。
「なぜテニスをするのかを忘れてはダメですよね。子供の頃のあの感覚、どんなに楽しかったかを思い出してみてください」と、シフィオンテク。「大事なのはそこですよね。テニスは本来、楽しいはずなんですから」
順調にいっている点を意識することで、自分の現状やこれからの可能性も見えてきます。更なる高みを目指してポジティブに想像してみましょう。
プロのアドバイスを求めるならば、ぜひスポーツサイコロジストに相談してみましょう。緊張をほぐし落ち着きを保つ方法や、視点を変えるためのヒントなど、メンタルパフォーマンス専門家ならではのサポートを得られます。競技前や最中に不安を感じるのはごく自然なこと。でも上手く集中できないほど緊張してしまうのであれば、専門知識を持つ人に頼ることで解決の糸口が見つかるかもしれません。
シフィオンテクはコートの内のことも、外でのこともスポーツサイコロジスト、ダリア・アブラモビッチからアドバイスをもらっています。「ダリアのお蔭できちんと時間を管理できるようになりました。結果、圧倒されてキャパオーバーと感じることがなくなり、脳を休める時間が持てるようになったんです」と語る彼女。「自分ひとりでは上手くバランスを取れずにいたんですよね。私だけだと、1日22時間トレーニングとか、無茶なスケジュールを平気で組んだりしますから」。ストロークを改善するためにコーチにつくように、心のトレーニングもメンタルコーチの指導を受けるのが成功への近道です。
メンタルが強ければ、困難な状況に陥っても自分の実力を出し切れるようになります。コートに足を踏み入れる前に、まずはメンタルのウォームアップ。自分自身を信じることは、どんなショットにも勝る無限の力を秘めているのです。