

マラソンのトレーニング中、本番、そしてリカバリーに必要となる栄養補給のしかたについて、Science in Sportでパフォーマンス栄養士を務めるベン・サミュエルズさんにアドバイスをもらいました。
マラソンを極めるなら本格的なトレーニングに相当の時間をかけなければいけません。そして本格的なトレーニングには本格的な燃料補給が必要です。レースの最中も栄養補給のしかたを誤れば、恐怖の「壁」に突き当たってエネルギー切れ、あるいは沿道の簡易トイレに駆け込むという困った事態になりかねません。
マラソンのパフォーマンスを左右する栄養補給の問題についてしっかり理解しようと、Onのマラソン経験者たちがさまざまな疑問をリストアップしました。そして、Science in Sportでパフォーマンス栄養士を務めるベン・サミュエルズさんに、詳しく答えていただきました。
「マラソン・トレーニング中の栄養補給は、燃料補給とリカバリーが最大の目的であり、アスリートの健康を維持しながら体組成の理想的な変化を促していくものでなければなりません」
「これを念頭に置くなら、トレーニング期間中に摂るべき日々の栄養は、その日ごとのニーズに合わせて変えていかなければいけません。簡単に言えば、トレーニングの量の多い日や強度が高い日は炭水化物の摂取量を増やし、量の少ない日や楽な日、休養日は炭水化物の摂取量を減らします」
「それと同時に、トレーニングサイクル全体を通じてタンパク質の摂取量は維持してください。これは筋肉の回復・再生をサポートし、トレーニングで誘発される適応力を強化していくためです」
「断食トレーニングとか、低炭水化物トレーニングなどとも言われますが、トレーニング期間中の定番となっていますよね。これには理由があります」
「このようなトレーニングは定常状態、またはそれよりもラクな状態で行うもので、脂質の酸化を促し、それを通じて体組成の望ましい変化が進んでいきます。しかも糖質制限状態でトレーニングすれば、持久的パフォーマンスの支えとなる筋肉の適応力も高まるのです」
「サプリメントの正しい摂り方は個々人によって違いますし、栄養はできるだけ食べ物から取り入れるのが一番です」
「とはいえ、トレーニングで目指すパフォーマンスの強化にサプリメントが役立つことも確かにあります。特に、レース本番の燃料補給に使える食品は検討する価値があり、長距離走のトレーニングで実際に試してみるといいですね。また、炭水化物とタンパク質を組み合わせたリカバリー用シェイクを用意しておけば、トレーニング期間中の完全なリカバリーに役立ちます」
「マラソン大会前の数日間はパフォーマンスを引き上げるための重要な期間です。食事は消化のよい炭水化物を中心に、タンパク質は多過ぎず少な過ぎず、脂質は最小限に抑えましょう。本番1~2日前から摂るべき一日の炭水化物の量は、体重1kgあたり10~12g。例えば、体重60㎏のランナーであれば、一日600~720gが目安となります」
「炭水化物は、メインの食事(パスタ、米、イモ類、パン)のほか、軽食(ゼリー、菓子類、エナジーバー)、飲料(スポーツドリンク)からも摂取できます。その際、GI値(グリセミック指数)の高い食品を選ぶようにすれば、筋肉のグリコーゲン貯蔵が促進されますね。また高GI食品は一般に食物繊維が少ないので、レース中にトイレに駆け込むリスクも下がります」
「かつてのスポーツ栄養学では、カーボローディングの前にグリコーゲンを意図的に減らす”枯渇フェーズ”が必要だと考えられていました。しかし最近の研究では、おそらくその必要はないと言われています」
「大会直前の水分補給の量は個人差がありますが、重要なのはに水分過多になることなく水分補給をし続けることです。ドリンクの選択肢としては、水、ジュース、電解質ドリンク、炭水化物電解質ドリンクなどがあり、それぞれの形で水分とエネルギーを補給します」
「レース当日までの1週間は目新しいものは避け、身体が慣れているものを食べるようにしましょう。最後の1~2日間は筋肉の糖質貯蔵量を増やすため、脂質と食物繊維を最小限に抑え、食べ過ぎや膨満感を持たないよう気をつけてください。香辛料が効いた食べ物も、直前の数日間は厳禁です」
「マラソンのパフォーマンスで鍵となるのは炭水化物です。レース前とレース中の栄養戦略は、炭水化物摂取量の最大化に重点を置きましょう」
「筋グリコーゲン貯蔵量を増やす高GI食品を積極的に摂るといいでしょう。精白パンやシリアル、ジャム、ホワイトベーグルなどがこれにあたります。フルーツジュースやスポーツドリンク(例えば、Science in SportのBeta Fuel)も、過剰に食べることなく炭水化物の摂取量を増やすのに便利です」
「レース前の水分の摂り方としては、スタートの2~4時間前に体重1㎏あたり5~10mlを飲んでおくといいでしょう。これで飲み過ぎることなく適正に水分補給されます。脱水症状になっていないかを知るには、尿の色をチェック。淡い黄色であれば十分に水分補給ができています。また、塩を少し加えた飲み物は体液量を増やすのにうってつけです」
「マラソン中のパフォーマンスを高めるには、1時間あたり60~90gの炭水化物を摂取する必要があります。食品はいろいろな種類があり、何を利用するかはランナーそれぞれの好み次第です。ゼリーや液状のものであれば胃の不快感を最小限に抑えられ、特に、Science in SportのGO Isotonic Energy Gelsなどのアイソトニック飲料はおすすめです」
「また電解質を追加すれば、過剰な脱水状態になってパフォーマンスが悪化するのを防ぐことができます。ただし必要量は個人によって異なり、コンディションにも左右されます」
「長時間に及ぶ持久系の競技では、後半でカフェインを摂取するとパフォーマンスの向上が期待できます。アドバイスとしては、マラソンの後半になるまでカフェインは控え、ゴール予想時刻の60~90分前になったら、体重1㎏あたり少なくとも2~3mg(体重60kgのランナーなら120~180mg)を一度に摂取してください」
「リカバリーで重要な栄養素は2つ、炭水化物とタンパク質です。炭水化物は、マラソン中に枯渇した筋肉と肝臓のグリコーゲンの貯蔵量を回復するために、そしてタンパク質は、筋肉組織の修復と再生を促すために必要です」
「リカバリーはフィニッシュラインを踏み越えた瞬間から始まります。炭水化物とタンパク質の両方を組み合わせたScience in SportのREGO Rapid Recoveryのような食品なら、リカバリープロセスをスムーズに開始できます。それに続く数時間のうちに、炭水化物中心で(パスタ、米、ジャガイモなど)、タンパク質(鶏肉、魚、豆腐)とサラダ、野菜を加えた食事をとってください」
「レース後にビールを飲む光景は、マラソンのフィニッシュエリアでよく見られますよね。しかし残念ながらリカバリープロセスには悪影響を及ぼします。アルコールの摂取は、マラソン後のリカバリーになくてはならない2つの要素である筋グリコーゲンの合成とタンパク質の合成を阻害する恐れがあるのです。したがって1~2杯であっても、マラソン完走直後にビールを飲むのは得策ではありません。他にもっといい選択肢があります。ビールで乾杯するのはその後で。夕方になったらゆっくり成果を祝いましょう」
エキスパート:ベン・サミュエルズ
サイエンスの修士号をもつベン・サミュエルズさんは、プロのアスリートやスポーツ愛好家向けにスポーツ栄養製品を開発・製造・販売する大手スポーツ栄養会社、Science in Sportのパフォーマンス栄養士。ハーフマラソンとフルマラソンに打ち込む熱心なランナーとして自身のパフォーマンス目標に取り組むだけでなく、サイクリング、陸上競技、チームスポーツのエリート選手の目標達成もサポートしています。
コーチからのヒント:Mammoth Track Clubのヘッドコーチ、アンドリュー・カスター
「トレーニング中もレース前も水分補給を怠らないこと。常に水を持ち歩き、一日中こまめに飲みましょう」
アスリートからのヒント:On Zap Enduranceのエリートマラソン選手、ジョー・スティリン
「私は一日中、頻繁に食べ物を口にします。何も食べずに2~3時間過ごすことはありませんね。タフな練習やレースに出る時は、スタートの90分前に必ずピーナッツバターと蜂蜜を塗ったトーストを食べるようにしています」
アスリートからのヒント:On Zap Enduranceのエリートマラソン選手、ジョアンナ・トンプソン
「マラソン中は、エナジージェルと電解質を混ぜた水を交互に摂取しています。そうすると、筋肉に燃料補給しながら痙攣や脱水症状を防ぐことができるのです」
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