

Onのトレイルアスリートで、シェフでもあるグレゴワール・キュルメールさん。アルプス山脈に抱かれたフランスの有名リゾート、シャモニー育ちの彼が、美しい大自然を満喫できるとっておきのルートを教えてくれました。
文:Simon Freeman 写真:Simon Dugué & Mountains Legacy
フランスのシャモニーを目指して、「白い道」と呼ばれる国道(N205)を南西方向から走っていくと、アルプスの山々が徐々に現れ、あたかも行く手を阻む壁のように聳え立ちます。名峰モンブランを遠景に望みつつ、近景には灰色がかった岩山が連なり、まるで魔法の王国を守っている堅固な砦のよう…
山岳地を通り抜けるこの曲がりくねった道は、現在は高架道路として整備されていて眺望もよく、ビジターは比較的楽に通行できます。しかし、つい数百年前までは険しい難路でした。言い伝えによれば、人が通れるのは崖と崖にはさまれた裂け目のような小道だけで、幅が非常に狭かったため、馬車であれば車輪を外して人力で担がなければなりませんでした。
しかしこの土地には、そこまでしても行きたいと思わせる特別な魅力が確かにあります。今回、Onのトレイルアスリートでシェフでもあるグレゴワール・キュルメールさんが、シャモニーが持つこの「特別な魅力」を案内してくれました。
キュルメールさんはシャモニー渓谷の近くで育ったという根っからの地元っ子。子供の頃は両親に導かれてよく山々を探索したそうです。シャモニー出身の多くの人々の例にもれず、キュルメールさんも夏はハイキング、登山、マウンテンバイク、そして冬はスキーと、あらゆるアウトドアスポーツに親しんできました。とはいえ、マウンテンランニングこそ自分の天職だと思うようになったのは、かなり後になってから。しかもそれは予想外の成り行きでした。
キュルメールさんの本業はレストランのシェフ。シャモニーの食通が通う有名店、Le Cap-Hornの専属シェフです(この町のおすすめのレストランは下記でご紹介)。ただし料理人として訓練を積んだのはシャモニーではなく、英国中部の都市ノッティンガムでした。そしてその時に、町を流れるトレント川の平坦な河岸でランニングを始めたのです。トレイルランニングのレースに出始めたのは20代に入ってからと、人よりも遅く、他のライバルたちと比べても年長でした。でも、32歳の今もなお、若々しい情熱と決意を失ってはいません。
ノッティンガムでの仕事に区切りをつけ、パリとリヨンで料理の腕をさらに磨いた後、キュルメールさんは、シャモニーに戻ってランニングを続けることにしました。
新たな情熱を胸に故郷の町で暮らし始めた彼は、2013年のある日、友人に勧められ、マラソン・デュ・モンブランの一種目である90kmレースに出場しました。「結果は6位でした」と彼は言います。「すぐに夢中になりましたよ。自分にはレースで勝負できる力があると分かったのです」
この幸先の良いスタート以来、キュルメールさんは数多くの山岳レースに挑戦してきました。最近の大きな成果としては、2023年5月にウェールズで開催されたウルトラトレイル・スノードニアでの銀メダルがあげられます。
「冬の間はそれほどトレーニングできませんでした」と振り返る彼。「ウェールズのレースは、ワンシーズンをスキーに費やした後のことでした。必ずしもメダルを意識していたわけではありませんが、トレイルシーズン開幕時の自分の適応力を見極めたいとは思っていました。結果的に2位になったので、能力を証明できましたよ。UTMB(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)2024への出場権も手にいれましたしね」
好調な勢いを維持していきたいキュルメールさんは、シーズンや挑戦のたびに次のステップを考えるそうです。「今年はスキーが体力維持に役立ち、いい走りにつながるということが分かりました。こういうことは全部、今後の成績アップにつながっていきますよ」
昼間は屈強なレースランナーとして活躍するキュルメールさんですが、夜は遅くまでシェフの仕事をしています。シャモニーの有名レストランの副料理長なのです。
「厨房での仕事はプレッシャーが非常に大きい」と彼は語ります。「これはレースにも通じるところがあります。同時に、自分なりに最高レベルのアスリートになろうと頑張ってやっているトレーニングが、シェフ業に必要な長時間の肉体労働に耐える体作りに役立っています」
北はレマン湖、南はモンブラン山塊へと広がるオート=サヴォワ県にあるシャモニー渓谷は、食の豊かさで知られる土地。特に酪農がさかんで、郷土料理にもそれが反映されています。
キュルメールさんによれば、「シャモニーで最も人気のある料理は、フォンデュ・サヴォワイヤードとラクレット」。ただし「自分自身の好物は別です」。
この地方の一番の名物といえば、おそらくフォンデュでしょう。「カクロン」と呼ばれる小鍋に特産のチーズを入れて温め、トロトロに溶けたら、角切りにしたパンを浸していただきます。
また、ラクレットは、テーブルの上で大きなチーズの塊にヒートランプを当て、溶けて熱々になったチーズを茹でたジャガイモにかけていただくもの。さらに、ジャガイモ、ベーコン、タマネギを、これもまたたっぷりのチーズで覆ってオーブンで焼き上げるタルティフレットも伝統料理の一つです。
さて、キュルメールさんにとっての一番の郷土料理は、ファルコンです。丸いケーキの形をしたこの一品は、ジャガイモにプルーンとレーズンを混ぜ合わせ、ベーコンで包んでオーブンで焼いたもの。サヴォワ地方の名物としては比較的見つけにくいものの、La Cremerie du Glacierに行けば注文できます。このレストランはアルジャンティエールの町の高台にあり、シャモニーの中心部からバスに乗ってすぐ。または、渓谷沿いの9kmの道を走って行ってみるのも一案です。
こってりとした郷土料理で知られるオート=サヴォワ地方ですが、それとバランスを取るかのように、山では数限りない種類のアドベンチャーが楽しめます。雪解け後の季節なら、一番の人気はトレイルランニング。
シャモニーを囲むように聳える山々は、初めての人には威圧的に見えるかもしれません。けれど、地元の人たちが口をそろえて言うように、実際は見かけよりもずっとアクセスしやすいのです。
このエリアでトレイルランニングに初挑戦するなら、プティ・バルコン・シュド(Petit Balcon Sud)がおすすめです。モンブランとは反対側の渓谷を通る整備されたルートで、シャモニーの市街地よりも数百メートル高い山腹に沿って伸びています。
渓谷のはるか向こうにモンブランの雄姿を眺めながら松林の中を走っていくこのルートは、周辺の多くのルートと同じく、各地点に分かりやすい標識が立っており、初心者でも安心して楽しめます。ベテランランナーにとっては、山岳地の本格ランにつながる手軽なルートとなるでしょう。
ぜひチャレンジしてもらいたいのは、シャモニー渓谷のモンブラン側にあるグラン・バルコン・ノール(Grand Balcon Nord)。プティ・バルコン・シュドと同じく山道のルートですが、モンタンヴェール(Montenvers)鉄道駅を出発点とし、エギーユ・デュ・ミディ(Aiguille du Midi)のケーブルカーの中間駅まで伸びています。
初心者向けのコースよりも標高が高く、むき出しの地勢です。ランナーの多くは渓谷の最低地点を出発点とし、トレイル入口までの1,000m以上の登り坂も含めて走ります。しかしモンタンヴェールまでは電車で行けますし、エギーユ・デュ・ミディの中間駅までケーブルカーで行くという方法もあります。
プティ・バルコン・シュドよりもずっと難度の高いルートですが、いくつもの滝や松の群生林を走り抜けながら、息を呑むような眺望を楽しめます。
キュルメールさん自身が特に好きなのは、エギュイエット・デ・ズッシュ(Aiguillette des Houches)の山頂を目指すルートです。シャモニーの西に位置する自然動物公園のパルク・ド・メルレ(Parc de Merlet)をスタートし、ぐるりと大きな円を描くように走って、もう一度この公園でフィニッシュします。出発したらまず、ベル・ラシャの山小屋(Refuge Bellachat)を目指して登り坂を走り、そこからカラヴェイロン(Carlaveyron)の大草原へとやや下ります。そしてエギュイエット・デ・ズッシュの頂を極めたら、最後にシャレ・ドゥ・シャイユ(Chalets de Chailloux)を経由してスタート地点に戻ります。
なお、このルートには岩盤がむき出しとなった部分がいくつかあり、岩に打ち込まれたスチール製のはしごを、備え付けの手すりにつかまりながら登っていかなければなりません。あらかじめご注意ください。決してお手軽なルートではありませんが、頑張って挑戦すれば、メール・ド・グラス氷河(Mer de Glace)や高峰ドリュ(Dru)の絶景がご褒美にもらえます。
Le Cap-Horn – キュルメールさんがシェフを務めるレストラン。日本食にインスピレーションを得た斬新なメニューで知られるこの店では、開放的なアーチ形の天井の下、上質のお料理をいただきながら思い出に残るひと時を過ごせます。特に週末はにぎやかな雰囲気が最高潮に。
Moody’s Coffee Roasters – シャモニーで一番美味しいコーヒーが飲める小さなカフェ。自家焙煎の豆を使用して丁寧に淹れた極上のコーヒーを味わってください。早目の時間なら、それだけを目当てに行く人も多い焼きたてのシナモンロールもぜひどうぞ。
Chalet de La Floria – プティ・バルコン・シュドのすぐそばにある、日当たりの良いテラス付きの食堂。花々が咲き乱れる美しい景色の中で、地元の食材を使った料理が楽しめます。トレッキングでお腹がすいたら、ランチにぜひ行ってみたいお店です。
Aiguille du Midi – 岩山の尖端、標高3,842mの位置に建つこの驚異的な建造物からは、モンブラン山脈の大パノラマを一望できます。ケーブルカーに乗って20分、吸い込まれそうな景色を眼下に見ながら行くこの施設は、建築としても一見の価値あり。到着したら一息いれて、絶景を堪能。底面がガラスでできた展望室に入れば、空中に浮かんでいるような気分を味わえます。その後はカフェで寛いだり、レストランで食事を楽しんだり。次のアドベンチャーの計画を立てるのもいいでしょう。
La Folie Douce Hôtel – シャモニーの中心地にある洗練されたホテル。この夏はOn主催のイベントも開催されます。友人と会ったり新たな出会いを探したりするのに絶好の機会です。期間は2023年8月21日から9月1日まで。ぜひお立ち寄りください。テラスで心地よい時を過ごしながら、モンブランの雄大な眺めを満喫できます。