

英国人のトライアスリート、ケイト・ウォー。勝利のシーズンを乗り切るために彼女が行っているエリートレベルのトレーニングと栄養・リカバリー戦略に迫ります。
文:Andy Waterman 写真:Orbital Studio
写真:Orbital Studio運動能力の基礎となる健康は、イギリスのトライアスリート、ケイト・ウォーのようなマルチスポーツの一流選手にとって、適切な栄養の摂取と密接に結びついています。
2022年の世界トライアスロン選手権シリーズでウォーは、ドイツのハンブルクで開催された混合リレーとアラブ首長国連邦のアブダビで行われた個人戦で合わせて2つの世界タイトルを獲得。翌23年にはスーパーリーグのタイトルも獲得しました。2024年10月にフランス・トゥールーズで開催されたスーパートライリーグで再び表彰台に立った彼女。トレーニング、栄養、レース戦略への驚くほど成熟したアプローチを武器に、弱冠25歳にして経験豊富なエリート選手たちと肩を並べています。2023年のはじめ、ウォーは、パートナーで同じく英国のトライアスリートであるマックス・スタップリーとともに、名門ではあるが雨の多いイギリスのリーズ・パフォーマンス・センターからポルトガルへとトレーニングの拠点を移動。有名コーチであるパウロ・ソウザのチームに加入しました。
そこは、常に一緒に練習できるアスリート仲間がおり、トレーニングセッションが計画的に体系化されていて、かつ天候が良いため、一年を通してトレーニングの一貫性を高めることができる場所でした。
たとえば、早朝のスイミングから始まり夕方のジムで終わるような高負荷の日には、セッションの最中や合間に栄養を摂ることで、エネルギーレベルを一定に保ち、最適なリカバリーを見込むことができます。「次のセッションの前に消耗しないように、セッション中に栄養補給することが重要」とウォー。
ソウザのトレーニング方法は、季節ごとの変化を反映しつつも、長期的な成功を見据え、あらゆる段階においてシンプルさと一貫性の力を重視するというもの。2023年のInside Tri Showで彼は、「今日少し努力すれば、後で報われる。私はそういう性格なんですね。長期間、一貫することが重要です」と語っています。ソウザのこの慎重な指導方針は、持久系アスリートに必要な栄養のバランスにも反映されています。
そして、バランスを保つことも重要。レース当日に重要な唯一の指標は、どれだけ速く走れたかということ。
トレーニングの成熟度が一定レベルに達すると、多くのアスリートの心の中に、さらに上を目指すには体重を減らすしかないという考えが深く根付いていくようになります。それは、ある意味では理にかなった考え方。なぜなら、筋力を維持しつつ体重を減らすことができれば、レース当日のスピードは向上するはずだからです。けれども、スポーツ科学者でOnがサポートする優れたトライアスリート、クリスティアン・ブルンメンフェルトとグスタフ・イデンのコーチも務めるオラフ・アレクサンダー・ブーのデータによると、アスリートが体重を意図的に減らすと、最大酸素摂取量(VO2max)の絶対値と相対値が下がり始めるそうです。したがって、ブーは、体重に着目することは無意味だと考えています。その代わりに注目しているのが、より速いパフォーマンスにつながるトレーニングと、それを可能にする栄養です。「パワーなくしてスピードが出ることはなく、カロリーなくしてパワーが出ることはない」と彼は語ります。ここでの学びは、スピードを最大化するためには、体重を減らすのではなく、パフォーマンスと栄養補給のトレーニングに焦点を当てるべき、ということ。
つまり、減量に集中すると、表彰台の真ん中に立つことはもちろん、さまざまな場面において身体能力が低下してしまうのです。消費カロリーが少なすぎたりカロリー不足になったりすることは、持久系アスリートには特に悪影響を及ぼします。相対的エネルギー不足(REDs)を引き起こしてしまう危険性もあります。
トレーニングと健康の両方を持続するために十分なカロリーを摂取する、というと簡単に聞こえますが、3つのスポーツのトレーニングの実際を考えると、これは意外と難しい問題です。トライアスリートにとっての栄養補給は、トレーニングにおける活力源となるだけでなく、そのトレーニングを最大限に活かすために、胃腸(GI)障害にならないよう注意する必要があるからです。
広く捉えると、良い栄養とは、最適なパフォーマンスとリカバリーをサポートするマクロ栄養素(タンパク質、炭水化物、脂質)とミクロ栄養素(ビタミン、ミネラル)の適切なバランスをとることなのです。
多量のトレーニングメニューをこなし、セッションごとの間隔も短いアスリートにとって、毎日ベストなパフォーマンスとリカバリーのための十分なカロリーを摂取するのは至難の業。ウォーにとって最も重要なのは、セッション中にカロリーを維持し続けることです。「常に先を見据えるようにしています。たとえば、あと30分でバイクが終わるという時でも、1時間後のランニングに備えて今エナジーバーを食べておこう、というようにね。多くの人は、たとえ帰宅できるのが40分後であっても 『もうすぐ家に帰れるから、そうしたら食べよう』 と考えます。でも、それが間違いのもとなんです」
ウォーは、トライアスリートにとって理想的な栄養補給と栄養バランスは、目の前のことを成し遂げるために十分なエネルギーを摂取することと、胃腸障害を避けるために適切なタイミングで適切な食事を摂ることだと語ります。そのために、日中は低繊維質で消化の良い物を中心に食べ、トレーニングが終わった夕方に本格的な栄養を摂るようにしているとか。「胃を荒らさないように、重要なセッション前後の朝食と昼食はシンプルなものしか食べません。セッション前にトーストを食べて、セッション後にはプロテインシェイクを飲む、みたいな感じでね。大きなセッションの前後にチョコレートミルクを飲むのも好きですね。そして、夕方にマクロ栄養素を含むすべての食品グループを摂るようにしています。野菜や果物を十分摂取して、いつでも万全の状態でいられるようにしていますよ」
サプリメントは、トレーニング時の活力源としての摂取と、就寝前に飲むマルチビタミンとマグネシウムのみ。「睡眠とリカバリーに本当に役立っています」とウォー。
「適切に栄養を摂らないと何時間ものトレーニングをこなすことはできないので、栄養補給はとても重要。栄養不足は結果的に怪我や病気につながるし、一貫したパフォーマンスや潜在能力を発揮できないことにもつながります。本当にとても大切なことなので、優先して考えています」
誰もがプロのトライアスリートほどハードで長時間のトレーニングをする能力や必要性があるとは限りません。しかし、長期的な健康と高度なパフォーマンスを維持するための彼らの考え方や栄養摂取法は、多くの点で参考になります。必要な栄養と栄養補給についての総合的でバランスの取れたアプローチは、効果的なトレーニングや迅速なリカバリー、安定した状態で次のセッションに臨むための頼もしい力になるはずですから。